特別企画:喜多一先生インタビュー

2020年2月の公開後、大きな反響を呼び、ダウンロード数も歴代1位(インタビュー当時)となっている、プログラミングの教材プログラミング演習 Python 2019。著者である京都大学国際高等教育院の喜多一先生に、KURENAIでの教材の公開について伺ってみました。(2020年10月22日)

【関連企画】
研究者の声~KURENAIに登録するメリット
発行担当者の声~ KURENAIで雑誌を公開するメリット

 

Q1.  今回、なぜ教材をKURENAIで公開しようと思われたのですか。

 本学では教材の公開を組織的に行う仕組みとしてオープンコースウェアKURENAI の両方があります.どちらで公開するか迷ったのですが,KURENAI で教材を公開してよい,とのことでしたし,学術資源としての流通性の高い管理が行われていることから,KURENAI で公開させていただきました.
 なお,『プログラミング演習 Python 2019』の公開に先立って附属図書館の北村由美先生にも執筆をお願いしている『情報基礎演習』とその英語版を公開しております.

Q2.  今回の教材公開は大変な反響があり、ダウンロード数も歴代トップとなっていますが、先生の方で直接間接に受け取られた反応には、どんなものがありましたか。また、それらについてどうお感じになりましたか。

 以前に書いた『写経型学習によるc言語プログラミングワークブック』という書籍について,ある大学の先生から,これの Python 版が欲しいと言われていて,2018 年から開講した科目の授業経験を踏まえて 2019 年の授業用に教科書としてまとめました.2019 年度の授業を終え,授業で気づいた誤りなど修正して KURENAI で公開し,そのことをこの先生にお伝えしたところ,同先生のツイートをきっかけに大きな反響がありました.誤植がかなり多いなどのご指摘は頂いており,申し訳ないと思っておりますが,概して好意的な意見が多く公開してよかったと感じております.

Q3.  教材をKURENAIで公開する意義は何だと思われますか。

 初学者へのプログラミング教育は授業実践であるとともに私の研究課題でもあり,論文という形態ではありませんが研究成果の意味合いも持っています.
 ただ,KURENAI での公開は私としては大学の教科書の在り方への問題提起です.2002 年に前職の業務で英国のオープンユニバーシティ(OU)に調査に行ったのですが,そこで「オープンユニバーシティの教師は教科書だ」と言われました.学術的に取り扱う内容は教員が考えるが,学習者への提示は編集者の仕事だと.教科書の在り方についての目から鱗のインタビューになりました.
 2003 年に本学に着任しましたがそのころから MIT のオープンコースウエアなどを契機にオープンエデュケーションの流れが生まれます.本学でも京大 OCWKyotoUx など精力的な取り組みを進めていただいていますが,残念ながら我が国では必ずしも大きな動きにまでは発展していません.
 他方で,先生方の多くは実際にご執筆になる方も少なくはないのですが大学の教科書は「出版社が作るもの」という刷り込みがあるようです.その結果,例えば私の分野ですと,まず価格が市場での流通の制約から3000 円程度と決まり,発行部数も 1000 部程度となります.これを制約条件として A5判 200 ページ,モノクロというのが現実的な出版社のご提案となります.
 これは教員が 15 回の授業(30時間)で講義される内容としてはいいのかもしれませんが,大学設置基準で想定されている学生の2単位分90 時間の学修(授業時間外で 60時間)を支える内容を盛り込めません.
 今回の公開は,教科書を公開することで出版社が書籍として流通させる制約を外し,他方で学習者には無償で提供できることを示したかったのです.
 かといって、先の OU で伺った話にもありますように,出版社が不要だというわけではもちろんなく、とくに編集者としての機能などは出版社にこそ大いに期待したいところです.
 私が公開した教科書の前段階で「情報基礎演習」という科目の教科書があります.科目の内容の一つとして学術的な文書作成のためにワードプロセッサを使うことを教えるのですが,その範を示すこともあり,テンプレートなどワードプロセッサの機能をかなり使って教科書を作成しました.今回の Python の教科書はその下準備があったので作成できましたが,それでも誤植も多く残っていましたし,読みにくい文章も残っています.このあたりは出版社に編集をお願いしたい部分です.
 実際に大学の教科書の場合,1冊の書籍の出版で動くお金の総額は先に見たように決して大きくありません.それなら大学が出版社の編集費用を負担し,そのかわり出来た教科書は電子版を無償で公開するということは十分に可能だと思います.

Q4.  今後のKURENAIに期待されることや実現してほしい機能はありますか。

 リポジトリは大学の活動を支える不可欠のインフラストラクチャとなっていますので,まずは継続的な稼働をお願いしたいと思います.
 現在は電子化されてはいますが文書データ中心です.取り扱うメディアは今後,ビデオや研究データなど多様化すると思われます.文書に比べ,永続的な取り扱いが難しくなるのでしっかりご検討いただければと思います.
 また,深層学習の出現により,言語処理の技術が長足に進歩しました.日本語の資料であっても,言語の壁を超えて世界に発信できるようになればと期待しています.
 公開する内容によっては,社会的な課題に直面することもあると思います.このあたりも現場としてはご苦労をおかけすることかと思いますが,大学構成員にバックヤードを理解いただくことも重要かと思います.
 さらに,総合博物館で運用されている研究資源アーカイブと KURENAI との関係性や位置づけをうまく利用者にご提示いただいてシナジー効果を出していただいてはと思います.

Q5.  KURENAIで公開を検討されている学内の研究者の方へメッセージなどありましたらお願いいたします。

 研究成果の発表は学術分野により多様ですが,KURENAI で公開することの意義や効果をご理解いただければと思います.

今後のKURENAIにとっても大変示唆になる、貴重なご意見をありがとうございました。
KURENAIでは、学術雑誌掲載論文だけでなく、教材を始めとした多様な教育・研究成果物の登録を通して、オープンサイエンスに貢献していきます。ぜひ積極的なご活用をよろしくお願いいたします。