20巻1冊 写本 延寳5(1677)年
中院通茂筆 大和綴 金銀泥小花ちらし表紙 本文料紙:斐紙 24.0×15.2cm 無辺界 半面12行 奥書:「右拾遺集申出定家卿自筆臨写/新院御本<冷泉家相傳之本先年/被召之所被臨写也>行数字形至/書損等不違一點書写之及数反校合/<独校二反/讀合一反>畢尤以可謂證本但御本雑賀/二枚之奥<ある人の産して/侍ける七夜ノ下>一面有白紙此本誤直/書續之依之奥之礼紙有一枚之相/違者也/延寳五年仲秋下浣/特進源 (花押)」
附図 中院本||VI||93 <260752>
"Go-Shui Waka-shu"
Anthology of poems compiled by Imperial command.
Vol.18(20 v. in 1). Hand-written.
Edo period, dated 1677.
Nakanoin collection.
花山院(九六八ー一〇〇八)の好尚による第三勅撰和歌集。
巻十八「雑賀」の部に右大将実資「流俗のいろにはあらす梅花」、むねかた(致方)の朝臣「珍重すへき物とこそ見れ」以下、女「人心うしみついまはたのましよ」、良岑宗貞(よしみねむねさだ)「夢に見ゆやとねそすきにける」まで六首の連歌が収録されている。
『拾遺和歌集』は勅撰集であるにもかかわらずその成立事情ははっきりしていないが、文中登場人物の官位より寛弘二(一〇〇五)年から同四(一〇〇七)年の間に成立したと見られる。
伝本は藤原定家(一一六二ー一二四一)の書写と校訂を経た定家本系とその他の異本系に二分される。
本書は延寳五(一六七七)年に中院通茂(一六三一ー一七一〇)が藤原定家の自筆校訂本を直接臨写した定家本系流布本で、テキストはもとより定家の独特な書体もよく再現されている中院家の旧蔵書。(C)
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