平成12年度公開展示会図録

宗牧から紹巴

 宗長、宗碩に師事し、その没後は連歌界の第一人者となったのが宗牧である。三条西実隆、近衛尚通に古典を学び、近衛家とは特に親しかったようである。天文一三年(一五四四)から『東国紀行』の旅に出たが、下野国佐野の地で客死。古今伝授の箱に添えて、遺子宗養の後見を頼む和歌を近衛稙家に送っている。
 二○歳で父に死別した宗養は、多くの武将と親交を結んだが、中でも三好長慶とは親しく『飯盛千句』などの作品が残っている。宗養は、その才を惜しまれつつ三八歳の若さで亡くなったため、宗牧、宗養の系譜は途絶えてしまう。
 替わって織豊期の連歌壇を支配したのが紹巴である。紹巴は周桂、昌休に師事し、昌休の遺志によりその子昌叱を養育。その後自らの娘を昌叱に嫁がせ、連歌の家である里村家の基盤を作った。この時代には、連歌は一層広く享受され、『匠材集』『無言抄』『隨葉集』など近世にも流布した連歌書が出版されている。

収録資料一覧

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〔三二〕賦何木連歌 〔三三〕賦山何連歌 〔三四〕紹巴独吟千句

〔三五〕独吟注之千句(称名院追善千句) 〔三六〕賦何木連歌

〔三七〕匠材集 〔三八〕匠材集 〔三九〕無言抄




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